17年続けた超ホワイト企業を退職しました

2024年3月ついに17年勤めた会社を退職しました。

ワーママで40歳近くになってくると、仕事や子どものことで定年までこのままでいいのかと迷うことがありますよね。そんな悩めるワーママに、こんな人もいるよ、という参考事例になるかもしれないと思い、退職したその後を綴っていきたいと思います。

退職理由

まず、どうして退職したの?から。

勤めていた会社は業界大手の超大企業の会社です。

そこで正社員として新卒から17年間、営業事務をしていました。

途中3人の子どもを出産し、産休育休を取得させてもらい、時短勤務をしながら、勤続17年で退職しました。

1つ目の理由

理由1つ目は、仕事にやりがいが持てないこと。

このまま定年を迎えるまで20〜25年、このままこの仕事を続けたいか?

答えは、Noでした。

大学4年生の当時、内定がなく、たまたま志望業界以外でエントリーシートを書いた一社でとんとん拍子で面接が進み、内定をもらいました。

入社したのは、たまたま一番初めに内定をもらった企業が、女性が長く働きやすそうな福利厚生抜群の大手企業だったから、と面倒な就活を早々に終えられる、という浅い理由からでした。

そこには自分のこんな仕事がしたいという思いがなかったので、「長く働く」ことはできるけれど「やりがい」を感じられなかったのは当たり前の結果ですね。

もちろん会社に愛着は持っていますし、そこで働く人々は尊敬できる人がたくさんいて、成長できるありがたい環境だったと思います。

でも、1度きりの人生、やりがいを持って仕事してみたい、なんて40を前に思ってしまったのです。

2つ目の理由

理由2つ目は、子どもの登校しぶりです。

時短勤務とはいえ正社員である責任感から、制限がある中で職場で「普通」の成果を出すために残業した結果、家にいるのは朝の1時間と夜の3時間だけという生活になっていました。

当然その4時間の中で家事育児もするので、子どもと満足に向き合える時間などなく、時間に余裕のないせいで夫婦喧嘩も頻発していました。

3人目の育休復帰後からそんな生活が2、3年続いたこころ、ある日真ん中の娘が「学校行きたくない」と言い始めたのです。

「学校行きたくない」と言うまでに、すぐに怒るようになったり、集中力がなかったり、夫婦喧嘩にやめてよ!と声を荒げたり、不安定になっている兆候はたくさんありました。

一番過敏な性格をしている真ん中の娘に、家族の「限界」が一番初めに表面化したのでしょう。

このままではいけない。と責任を感じました。

でも転職先も決めずに職を手放すのか。せめて転職活動をするべきか、せめて副業で一円でも稼げるようになってからか。

でも時間的にも精神的にも余裕などなく、一番時間的にも精神的にも拘束されている今の仕事を手放さなければ身動きが取れず、結局次のあてもないまま「正社員」を手放すことにしました。

それから上司に退職の意思を伝え、年度末の3月末で退職をすることになりました。

退職後どうしているか、はまた次回。

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